4.東洋医学主導の予防医学

家庭内に病人が出ますと本人の苦痛はもちろん、精神的不安や経済的負担は家族全員で支えなければなりませんので、[健康管理]はどこの家でも共通の話題になっていると思います。東洋医学では、[予防医学]としても真剣に取り組んでおりますので参考にして下さい。


戦後、半世紀の日本における予防医学の考え方は大きく変わりました。衣・食・住が一定の水準に達し、栄養失調や感染症、激しい寒暖の変化に耐えられない病人は少なくなりました。それは合理的な大量生産によって豊富な物質を提供した産業界の功績です。
 その反面、自然環境を破壊すると共に間違った生活習慣を生み出し、新たな病気の原因を作ってしまったのも事実です。具体的には空気、水、土壌の汚染によるアレルギー疾患が増え、運動量が少ないのに高カロリーの食品を取る事による生活習慣病も多くなりました。豊かな自然環境を取り戻す為に、行政の的確な調査・指導のもと、国民が一丸となって努力すべきでしょう。生活習慣について厚生省では食事、運動、休養、嗜好品の四つを取り上げ、問題があれば改善するよう指導しています。
 また感染症ですが、前述のような栄養・衛生面の改善とワクチンの開発でかなり予防出来るようになりましたが、小児や体力の衰えた高齢者に対する対策は十分とはいえません。私たち鍼灸師も、このような情報を入手した上で苦痛を治すだけではなく病気にかかりにくい身体を作る診療を行っています。それは全身を統一的に観察し、どのような体質なのかを見つけ、それに合わせた治療とアドバイスです。以下、その概略を紹介します。

病気の予防や治療に関するたくさんの情報の中から必要な物を選ぶ為には、その人の体質を知らなければなりません。体質は先祖から受け継がれた先天的要素と、生まれてから現在までの生活環境によって作られる後天的要素から成り立っています。先天的な遺伝病を治す為には特殊な技能を要しますが、後天的な病的要素を取り除く事は可能で、それが[体質改善]です。東洋医学では陰と陽、五行(木火土金水)、虚と実の三方向から体の歪みを観察します。

まず陰陽の体質区分ですが、陽性体質は男性に代表される積極的、外向的強さで攻める傾向があります。反対に陰性体質は女性に代表される消極的、内向的な優しさで守る傾向があります。この相反する二つの体質は、それぞれが極端な方向に傾かないようにバランスを取っております。
 つまり、陽が強すぎれば考えがまとまらない内に軽率な発言をしたり無謀な行動をとりますので、陰の作用で抑制します。陰が強ければ計画の立案はしっかりしていても行動力に乏しいので、陽の促進力で助けてあげます。陽性体質の方は休養を取って陰の抑制作用へと導けばよいし、陰性の方は体を動かして陽の促進力を増す努力をしていれば病気になりにくいのです。
 ところが休養や運動の時間が作れなかったり、その気になれない時は鍼灸治療で陰陽のバランスを整える事が出来ます。たとえば体力・気力は充実していても問題解決に向けての手順がまとまらない時に、鍼灸で陰の力を増す治療をしますと落ちついて物事を処理出来ます。やりたい事がたくさんあって気持ちはあせっても体が動かない時に、鍼灸で陽気の巡りを盛んにする治療をしますと活発に動けるようになります。このような治療は作業能率の向上ばかりではなく、病気の予防にも繋がっています。

東洋医学的鍼灸では五行(木・火・土・金・水)を機軸とする、それぞれ五つのグループに分けた診察をします。
 一例を紹介しますと、木のグループは春の季節に生や風の力で発芽を促し、西の方角に位置して、1日の時間帯では朝に該当します。肉体的には肝臓・胆嚢・眼・筋・爪と関係し、精神面では怒り・魂・慈しみをつかさどり、鶏のような性格です。これらの異変によって色の変化が現れやすく、その色は青です。その他の変化としては油臭い、呼ぶような声、酸っぱい味、握力、涙の異常として出ます。養生法として参考になる食品は麦・ニラ・桃です(以下、五行の色体表参照)。
 すべてをこのようなグループに分けて処理している訳ではありませんが、自然界の変化の中で生息する動植物、特に身体の臓→組織→器官と精神作用の関連性を知る事が出来ます。そして、これらの要素の中で過不足があれば調整・コントロールする事によって、それぞれの体質に応じた健康を保てるのです。
 鍼灸では五臓六腑の所属する経絡上にあるツボを治療して、体質的な歪みを整える事によって病気を予防しております。

陰陽・五行理論による分類に加えて虚と実の体質区分があります。
 虚証体質の方は、軟弱で病気にかかりやすく治り方も緩慢ですから常に病気がちです。しかしこのような体質でも悲観しないで下さい。[一病息災]と言われるように、自分の弱点を積極的に受けとめて適切な治療と健康管理を行う事によって、それなりに充実した人生になります。慢性の頑固な病気がいつまでも治らず、治ったように見えても再発を繰り返したり新たな病気にかかってしまう病弱な体質の方は、現在の病状に対する治療と共に体力を強化する為の養生と治療をしますと悪循環から脱皮出来る事があります。また軽度の症状がたくさんあって、病院で検査を受けても病名が判らず、不安な毎日をお過ごしの方も多いと思います。これは病気になる前の[警告反応]である事が多く、このような症状群に対しては鍼灸が最も適しており、生活習慣の改善とともに根気よく治療を続けますと良くなる可能性が高いのです。
 一方、実証体質の方は頑丈で病気にかかりにくく、病気になってもその症状は激しく短期間で治ります。しかし有り余った体力に任せて頑張り過ぎますと、重大な病気になる事もありますから安心は出来ません。長い人生の間には受験や仕事等で無理をしなければならない時期もあり、多少のだるさや眠気はドリンク剤等でごまかして乗り切る場合もある事でしょうが、このような事を長期間続けますと危険です。つまり、だるさや眠気は病気を予防する為の[警告反応]であり、「これ以上無理をすると大変な事になりますよ」と身体の内部から教えてくれているのです。大きな目標が一段落ついたら十分な休養をとって下さい。そして疲労回復と健康増進の為に、鍼灸治療を受けて頂く事をお勧めします。

現代社会には健康に関するたくさんの情報が溢れていますが、総ての人に当てはまるとは限りません。適切な健康法を選ぶ為にはその基準値である自分の体質を知るべきです。
 例えば、年頃の女性で「スマートに見せる為に痩せたい」と考えている方は多いと思いますが、無理なダイエットをしますと拒食症になって体力も衰え、無月経になる事さえあります。これは実証体質から虚証体質に変わってしまった現れで、治るまでには長い年月を要します。このような間違いを是正する為にも前述のような東洋医学の考え方を見直す必要があります。現在の進歩した検査システムによって病気の早期発見が出来る西洋医学に、全身を統一的に観察する東洋医学の養生法を導入する事によって発病率は激減し、医療費の軽減にも繋がると思います。

鍼灸治療は、陰陽・五行・虚実のアンバランスを整えて、それぞれの体質にふさわしい健康状態へと導いています。ですから体質的な弱点があったり、肉体的、精神的に酷使する要素があれば、定期的な診療をお勧めしています。このような方々から「鍼灸治療は癖にならないのですか」という質問を受ける事があります。生活習慣の改善を行っても体調が整わない時に鍼灸治療を試してみる、それで調子が良ければそのまま継続して結構です。特に高齢者は自然治癒能力が低下しておりますから、体調の管理には十分な配慮をして頂きたいし、その為の手段として鍼灸治療を活用される事をお勧めしたいです。


お灸の有効性の研究で医学博士を授与された「原 志免太郎」博士は、ご自分の身体に施灸されて108歳の天寿を全うされたと聞いています。私共も特に病気はなくても、自分や家族の身体に鍼灸治療を行って健康な毎日を過ごしています。苦痛の緩和や病気の治療ばかりではなく予防医術としての研究も進めている事をご理解頂ければ幸いです。そして、このような幅広い医療活動を通じて社会に貢献出来るよう努力しております。


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