奉仕と公務員
行政改革における族議員と官僚の組織・利権維持のための悪アガキ、そして拓銀・山一証券の崩壊は、日本社会は暗い影を落とし
ている。
護送船団方式の行政が時代遅れであることが明白であるのに行政・政治は利権と組織維持のための知略に専念している。国民の大半は政治に失望し、選挙での投票率さえ30%前後の低投票率である。国民の70%が棄権していることになる。投票した30%の中で選ばれた政治家が議会活動を行っている。しかし、30%の中で半分(50%)を獲得しても全体から見れば15%であり、85%が反対票である可能性がある。民主主義といいながら現選挙制度も限界に近づいている感がある。
本稿の「奉仕と公務員」といった本題目に入るとしょう。「奉仕」という言葉は地方公務員法・地方自治法にも見えない言葉である。しかし、行政機関(教育機関)の中で「奉仕」という言葉が課名なり、係名がある機関としては図書館くらいではなかろうか。ここで、ある県の市立図書館で機構改革時の問題になったことを紹介しょう。
新設される課の名称で、図書館員は「奉仕課」「管理課」の2課を主張した。しかし、機構検討委員会では、「奉仕とは時代に合わない、明治時代の印象」であるとの意見が体勢を占めた。また、市の職員組合からは「職員は市民の奴隷ではないので奉仕という表現は好ましくない」とのクレームがあった。
奉仕について、一般職員はそのように思っていることに図書館員が愕然とし、図書館史を説明し、委員会と職員組合の了解をとり、現在は「奉仕課」「管理課」の2課体制で運営されている。
ここで考えるなければならないのは、「奉仕」いう言葉があると公務員のステータスが落ちると思っていることである。組織維持、利権維持も国家・自治体あってのものであり、現在は「省庁あって国家なし」の亡国の構図ではないだろうか。また、戦前における陸軍の蹉跌を踏襲しなければならないのであろうか。(1997/11/24 ブック・リサイクル鹿嶋野会長 森下松寿)
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