ふるほん三昧
autumn
VOL 1
楽石雑筆 1
古き『文垣(ふみがき)』に遊ぶ
筆 野
彩 鞠
ひとり鹿嶋に限らず、その土地郷土に歴史という名の人々の歩みがあり、人間臭いものから神々の誕生に関わるものまで、種々雑多に混じりあって、その土地独特の臭いを持つ、「郷土」と言う名の生活・文化圏を形作っている。
彼の石川啄木は、『故郷の訛り懐かし……』と歌に詠んだが、寺の子として生まれ育ち、彼を育んできた自然と、そこに綾成す人間模様とが、しきりと彼をして愛郷心をゆさぶるからに他ならない。培われ、滲み着いた土着の臭いは、都の水で幾度洗おうと落ちるものでもなく、夢の中で何度も反芻したであろう故郷の温もりは、彼をして停車場へと、ひた走らせたのである。青年期に差し掛かっていた頃、『石をもて追わるるごとく……』故郷を出ざるを得なかったが、それでもなお、啄木をかり立てたものは、その土地独特の臭いを嗅ぎたいという、あたかも母親の乳房を恋うる赤子の様な、本能の如き欲求であった。帰郷の心しきりではあったが、暖かき人の温もりは、すでに故郷には無きが如くに思われ、『……故郷の山は有り難きかな』を覚悟に、他郷に果てるのである。が、言わばこの望郷の歌人ほどではないにしろ、人は誰も滲み着いた土着の臭いを持っており、この臭いが、日毎夜毎にしきりと過去へといざなうのである。「人は何処から来て、何を成し、そして何処へと立ち去るのであろうか。」という哲学的な事はさて置いても、「先祖は何をしていたのだろうか。祖父や父はどう言
う時代を生きて来たのだろうか。」と。そして、兎追いし彼の山や小鮒釣りし彼の川、つつが無いで在ろう友垣の事が、映画フィルムのラッシュのように駆け巡るのである。それはやがて、滲み着いた土着の臭いとしての「ふるさと」を知りたいという思いへと到る。
故郷を取り巻く自然と、人とが綾成す営みの繰返しは、所謂「郷土史」として編さんされ、後世へと伝えられる。然し乍ら、文字や言葉、あるいは仕種として伝承された故郷の歩みを、調査・収集し、分類・編述することは、中々に大変なことである。編述者は、小説家や雑誌記者の様に、取材記事を各々の感性や文筆力で膨らませて行く訳には、行かないからである。
慣習や儀礼、民話や伝説、土器や石器、文書や記録等々。これらが渾然一体となって、あるときは断片的に、またあるときは叙事詩・抒情詩の如く雄弁且つ魅惑的に、人々の営みを窺わせる。
これら様々な形態を持つ郷土資料を、出来るだけ数多く収集することが、必要不可欠な初期的作業であり、より鮮やかに地域を映し出す為のキャスティングとなる。
然し乍ら土器や石器にものを語らせる為には、多分に専門的知識が必要であり、現場での経験も要求される。筆者は、埋蔵文化財の発掘現場で作業した経験を、若干ではあるが持っている。それなりに楽しさというものはあったが、専門的な事となるとかいもく見当もつかず、土器の編年や実測図も難しいままで終わってしまった。前述した必要不可欠な初期的作業(遺物・遺構の検出)が出来ない状況のままであるということもあって、考古的なアプローチは諦めてしまった。
そんなこんなで、それまで片手間に読んでいた古文書(近世文書)を本格的に勉強しようと思い立ったのである。
古文書と言っても、手元にあったものはそれほど古いものでもなく、江戸中期から幕末にかけてのものがほとんどで、記述されている事柄も(人名・地名・事項等)概ね理解できるものであった。地元の強みとでも言うところだろうか。始めは、何が書いてあるのだろうかという単純な思いであったものが、諸家の古文書を読ませていただく機会を得て、立場や身分に依って、ものの見方考え方の違いや某事件がまったく異なった記述をされていた事などがあって、片手間では、到底明らかに出来ないというよりも、誤ったことを伝えてしまう危険性を感じたのである。
善くしたもので、気になると次ぎから次へと関連史料が見つかってくる。こうなるとしめたもの。というより、段々深みにはまっていって、まとめてみようという大それた考えを持つ様になってしまった。
歴史はパズルだ。それも、完成図の無いパズルである。まとめようによっては、大きくもなれば、小さくもなる。矩形にもなれば、円形にもなる。それが怖くもあり、また楽しくもある。などという病状を呈している。こうなってくると、まとめたものを誰かに、ガツーンと叩かれる迄、治まらないのである。殆ど病気、まるで夢遊病者だ。古文書の中を、アチコチ徘徊し乍ら、一人悦にいる。おまけに悪食で、ひどい偏食でもある。気に入ったものがあると、もうそればっかり。禍食に禍食を重ねて、酷い肥満体になりながら、一人前の食通然として、こんな旨いものは無いなどとのたまい、講釈をたれる。善くしたもので?同好の士ならぬ同病の士が手紙をくれたりする。2、3度文通が続くと、相手の食べているモノ(テーマ)が美味しそうに見えてくる。ツマミ食いをする。食通を自認しているので、当然のように講釈をたれる。相手が容認しようものならもう大変。相手の食べ方にまで口をはさむ。
ああ、ひたすら反省の日々……。
御自身の故郷つまり御自身のことを調べて見ませんか。という呼かけをすることが目的で、この文章を書き始めたのが、とんだ持病を披瀝してしまった。後悔々々。
いわゆる都市化されればされるほど、様々な臭いが入り混じり、かえって無臭化されてしまう。今、鹿嶋はその狭間にいる。あなたの故郷はどうですか。
そして、あなた御自身も……。(鹿嶋市在住)
