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人ことカシマ

第20回 [2016年4月5日]
レスリング部監督 保健体育科 高野 謙二
体育館のステージからスタートして
高野 謙二 

  平成10年に、でっかい体をした生徒が柔道をやりたいと言って来ました(池田賢次)。「よしやるぞ」と体育館のステージで始まりましたが、どうしてもレスリングをやりたかったので、柔道着を着ているときは、めちゃくちゃぶん投げ、締めあげ、しごきました、ふざけてレスリングの技を教えて、掛けさせ、わざと倒れてほめる。「レスリングの方が良いぞ、レスリングに転向しないか」と言ったら、池田は、「やってみたいです」と言った。やったーうまくいった、やっとレスリングができるぞ。それから同好会を発足して活動が始まる。練習場も体育館のステージの上で体育マットを敷いて私と2人で練習した。しかも部員が入らなかったので2年間マンツーマン指導でした。もちろん強くなった、関東大会130s級優勝。平成12年新入生の山口、塙、大川、が見学に来た。そのまま逃がさず入部させた。6月に同好会から部へと昇格する。夏休みに練習場所を学生寮に移す。マットがないので大学、高校、市体育館などからもらい集めたてきた。生徒募集にも周り、伝統も規則も何もないが一緒に鹿島学園レスリング部を作っていかないかと言って、平成13年に6名の生徒が集まりやっと部活らしくなった。
  私は、俺達アマチュアスポーツ人の夢、目標はオリンピックだと教えている。それを追うための3年間だ。強くなれ、強くなるためには勉強もする。人間を大きく強く正しく成長させる。運動・栄養・休養の規則正しい生活をする。先輩後輩の役割と自覚、そして強くなる練習だ。朝練習を6:30から1時間、スパーリング・技術練習を3時間、ウエイトトレーニングを1時間、年間70日を越える遠征。毎日充実した生活と、納得できる練習ができて、とてもいいチームがつくれた。平成14年3月には全国選抜大会へ団体初出場出来た。そして、同年茨城で開催されるインターハイにも出場。それから17年毎年団体戦で全国大会出場、個人でもインターーハイや国体で優勝する選手が育ちレスリングを続ける大学進学者も毎年多くいる。 「頑張れ自分」