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人ことカシマ

第5回 [2015年7月21日]
社会科 ソフトテニス部顧問 小澤 庄一
「いっしょうけんめい」
小澤 庄一

私は「いっしょうけんめい」という言葉が好きです。漢字で書くと「一生懸命」。「命懸けで物事に取り組む」ということです。元は「一所懸命」と書いたそうです。これは昔の武士かが、主人から貰った領地、つまり「場所」を命を懸けて守ったということから生まれた言葉だそうです。現代と違って、昔はいつ敵に自分の領地を奪われてしまうかわからない。だから正に「命を懸けて」大切にしたわけです。

現代では、たとえ土地を持っていたとしても、命を懸けて守らなければならないことはほとんどありません。だから漢字も変わってしまったのでしょう。それはいいことなのかもしれませんが、そのせいか「いっしょうけんめい」になることが少なくなってしまったような気がします。それどころか、何かを「いっしょうけんめい」にやることはカッコ悪いという見方までされているようです。でも、本当にそれでいいのかな、と思います。「いっしょうけんめい」にやることはそんなにカッコ悪いものなのか、「いっしょうけんめい」になれることはないのか。

確かに、本当に「命を懸け」なければならないことはほとんどないでしょう。でも、漢字が変わっても言葉そのものは残っているように、「いっしょうけんめい」やることの大切さ、すばらしさは昔と変わっていないと思います。例えば、毎年、新春恒例箱根駅伝大会があります。選手たちはみんな「いっしょうけんめい」に走ってタスキを繋ごうとしています。もちろん勝ち負けはありますが、どの選手も「いっしょうけんめいやった」という貴重な経験をしたことでしょう。その経験はこれからの人生に大きなプラスとなるはずです。また、それを沿道から応援している人たちも、選手たちの「いっしょうけんめい」さに感動し、「いっしょうけんめい」やることのすばらしさを再認識したはずです。

箱根駅伝なんていう大きな舞台でなくとも、私たちの日常生活の中には、「いっしょうけんめい」になれることがたくさんあります。「いっしょうけんめい」に勉強する、「いっしょうけんめい」遊ぶなどということもあるでしょう。「いっしょうけんめい」やることは良い結果を生み出すもとになります。たとえすぐ結果が出なくても、いつかはその成果が表れます。でも、それ以上に、「いっしょうけんめい」に何かに取り組んでいる人の姿は美しく化粧をしても、「いっしょうけんめい」の美しさにはかなわないと思います。自分を美しく見せるためにも、「いっしょうけんめい」になってください。そして、それがまだ見つかっていない人は、何でもいいから「いっしょうけんめい」になれるものを見つけて、それに取り組んで下さい。