潮来高等学校 野球部 (潮来高校百年のあゆみ)より抜粋
 
潮来高校の野球全校応援

生徒会が募った高校野球の応援団
 「潮来高校、野球応援の始まり」 
 潮来高校の野球部は軟式野球であった。昭和41年、嬉しいニュース、それは硬式野球になるという事であった。部員の夢は甲子園に向けて大きく膨らんだ。昭和43年新校舎に移り、グランドも広くバッティングもノックもこれまで以上に練習に力が入った。硬式野球の県大会出場は昭和42年7月12日、水戸県営球場、対戦相手は高萩工業高校。そして応援団、俄か作りといえばその通りだが、リーダーに商業科3年の有志が放課後一生懸命に練習をして、生徒会が募った応援団を一つにまとめた。ブラスバンドもなく、和太鼓もない、ひたすら声援と拍手での応援である。しかし、チャッチャッチャ、チャッチャッチャ、と、三・三・七拍子も見事に揃って、派手さはないがきれいな応援と映った。応援団はスクラムを組み、声をからした。対戦相手高のブラスバンドによる鉄腕アトムがうらやましかった。その時、生徒会の予算の事を考えていた。そしてその直後、次の試合でスタンバイしていた麻生高校ブラスバンドの友情応援をうけることとなった。和太鼓にブラスバンドにバトンガールと、かわるがわるの応援内容は華やかなものであった。しかしそのかいもなく試合は5対1で敗北、応援団は悔しさはあるものの選手は最後までよく頑張ったと声を大にして労っていた。これが初出場、初応援のようすである。そして、応援のさ中に考えていた生徒会の予算の事というのは、来年の応援には、和太鼓一つでもいい、音の響きでかなり大きな応援をしたいと思い生徒会本部費で和太鼓の購入が決定した。昭和43年は、三学年だけの応援である。しかし、新リーダーのもと、和太鼓と声援と拍手の三拍子で、潮来高校独特の野球応援の形となった。昭和44年、全校応援は初めてのこと、バスは各クラス用18台、父兄用1台、校門を出て、国道に並び終わるまでかなりの時間を要した。昭和46年に応援同好会・バトン同好会が発足、昭和47年にブラスバンド同好会が活動開始、二年間の準備期間を経て、クラブ昇格となり、予算がつくようになる。本格的な野球応援の態勢となったのである。以来、野球応援は、他の学校もそうであるように、生徒会、もしくは学校の主たる行事の一つとして、年間計画化され、友情・団結・忍耐等を育む場となっていると考えられる。それから昭和47年の事、潮来高校応援団旗を黒帯姿で長時間持ちつづける姿が、朝日新聞のコラム欄にイラストで登場した。柔道部主将の黒田武主将である。この年はベスト8に入るという輝かしい成績を残している。
 心に刻まれる思いでは、得難き人生の宝~

★目標★

 野球を通じて心身を鍛え、社会に出ても通用する人間性を育み良き社会人となる。
 県大会2勝を目指す。

★活動日★


 火~日曜日

★活動(練習)内容★

 〔平日〕アップ、キャッチボール、トス、ノック、ゲームノック、バッティング
    試合形式、グラウンド整備
 〔休日〕3~10月は練習試合、11月~2月は平日の練習と筋トレ、基礎練習

★活動時間★

 放課後 16:00~19:00
 土曜日  8:30~12:30
 日曜日  8:30~17:30

★中学生の皆さんへメッセージ★

  真面目にコツコツ努力できるひと、是非、入部を待っています。初心者でも歓迎です

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